SNSで架空の場面に「存在しない記憶」というコメントが付いていて、本当にあった話なのか、何かのネタなのか迷うことがあります。この言葉は『呪術廻戦』の東堂に関する表現として公式告知にも登場し、ネットでは実際にはなかったのにありそうな展開を、見覚えがあるように楽しむ比喩としても紹介されています。
意味をつかむには、東堂に関する作中の表現、その表現を題材にした公式ドラマCD、ファンが別の創作へ向けて使う言い回しを分けることが大切です。公式の特典にある学校生活も、本編で実際に過ごした過去をそのまま再現しているとは読めません。
ここでは公式に確認できる東堂と虎杖の関係、ドラマCDの設定、ネットでの使い方を自作例で整理します。人物の能力や物語の重大な真相には踏み込まず、作品未読でも目の前のコメントが何を指しているかを見分けるための入門です。
存在しない記憶は作品内とネットで文脈を分ける
最初に、同じ言葉が何について使われているのかを見ましょう。アニメ『呪術廻戦』の2021年5月21日公式告知には、東堂の脳内にあふれ出した表現をドラマCD化する案内があります。一方、ネット用語の解説では、そこから離れた創作への比喩的な用法も紹介されています。
| 文脈 | 指しているもの | 分けたい点 |
|---|---|---|
| 東堂に関する表現 | 作品の人物に関わる描写 | 現実の人の記憶の診断とは違う |
| 公式ドラマCD | その表現を題材とする特典の物語 | 本編の実際の過去と混同しない |
| ネットの比喩 | ありそうで実際にはない創作など | 実在する公式エピソードとは限らない |
「記憶」という単語だけで受け取らない
コメントを書いた人が本当に体験したことを思い出しているのか、架空の場面を面白がっているのかは、単語だけでは決まりません。作品名、添えられた創作、前後の会話を見る必要があります。言葉を見かけた相手に、本当の記憶障害があると当てはめるための表現ではありません。
作品未読でも、最初から物語全体を調べる必要はありません。「作品中の説明なのか、投稿者の感想なのか」を先に分ければ、知りたい範囲を絞れます。
東堂に関する公式の説明を確認する
2021年の公式告知は、東堂の脳内にあふれ出した「存在しない記憶」をドラマCD化すると説明し、虎杖悠仁と東堂葵の出演を案内しています。少なくとも、この言い回しが東堂と結び付く表現として公式の紹介に使われていることが確認できます。
また、アニメ第20話の公式あらすじでは、虎杖と東堂が花御と戦い、東堂が虎杖を超親友、ブラザーと呼ぶ関係が説明されています。二人の関係を知る入口としては、この公式紹介が使えます。
人物の関係と能力の説明は別の疑問
二人が親しげに語られているのを見て、昔からの同級生なのだろうと補ってしまうと、次のドラマCDの設定と混ざります。まずは、公式のあらすじで何と呼ばれているかと、特典の物語がどのように設定されているかを別々に読んでください。
「なぜそうなるのか」を知りたくなっても、ネットの考察をそのまま確定した能力の説明と受け取る必要はありません。用語の入口を知ることと、物語の真相を調べることでは必要な情報が違います。重大なネタバレを避けたい人は、人物関係と表現の使われ方までで一度区切る読み方ができます。
ドラマCDの学校生活を本編の過去と混同しない
公式告知のドラマCD紹介では、同級生の高田ちゃんへの告白を決意した東堂のために、虎杖が作戦を考える学校生活が描かれています。これは、公式が告知したドラマの内容です。本編の現実の過去として、二人が同じ学校生活を送っていたという説明に読み替えないことが大切です。
「公式に存在する作品」と「本編で起きた出来事」は違う
公式が制作・案内した特典であることは、その中の架空設定が本編の過去の事実になることを意味しません。物語の中の想像を一つの作品にすることもできるためです。この二つの意味の「存在する」を分けると、見出しだけから誤解しにくくなります。
例えば特典紹介に学校生活のあらすじが載っているのを見て、「本編にその学生時代の回があるはず」と探し始めると、探す対象がずれます。最初に特典の名称や紹介文を読み、何を題材にしたドラマなのかを把握しましょう。告知された物語の設定と、本編の人物の経歴を同じ欄へ書かないことがポイントです。
なお、参照した案内は2021年の封入特典に関する告知です。言葉や設定を知る資料にはなりますが、現在の在庫や購入できる商品の状態を保証する情報ではありません。入手を考える場合は、現在の商品説明を別に確認する必要があります。
ネット上の用法を自作例で理解する
二次資料であるciatrの用語解説は、本来なかったもののありそうに見える展開や、実在しそうな創作・二次創作を指すネット上の用法を紹介しています。ここでは当該媒体が紹介する用法として扱い、ネット全体で必ず同じ意味になるとは決め付けません。
架空の番外編を懐かしむ自作例
次は説明のための自作例です。ある作品の登場人物が文化祭で協力する架空の番外編を、ファンが文章で作ったとします。実際には放送されていないのに、人物のやり取りがもっともらしく、「あの回はよかった」と懐かしむようなコメントが付く。そんな場面を、この比喩を理解する例として考えられます。
ここで伝えたいのは、本当に過去の放送を思い出したという証言ではなく、存在しそうなほど設定がなじんでいるという感想です。架空だと承知して楽しむ文脈なら、事実の報告として読むと意味を取り違えます。逆に投稿が創作だと明示されていなければ、言葉だけで判断せず、元の投稿内容を確かめましょう。
別の自作例として、実現していない組合せの人物が一緒に旅行する創作も考えられます。「ありそう」と感じる理由は、人物の話し方や関係の描き方かもしれません。実際の投稿や作品を再現した例ではなく、比喩と事実の違いを説明するための仮の場面です。
元ネタと比喩を見分ける読み方
目の前のコメントを理解するときは、作品中の東堂の話、公式特典の話、別の創作への感想のどれかを順に確かめます。公式の作品情報とファンの読み取りを分けると、用語の意味を知るだけのつもりで、未確認の設定まで覚えてしまうことを避けられます。
三つの問いで文脈を整理する
- 何の作品や人物について話しているか。
- 元の投稿は公式紹介か、創作か、感想か。
- 「本当にあった」と説明しているのか、「ありそう」と楽しんでいるのか。
例えば東堂と虎杖の名前が出ていれば、公式告知や各話紹介を入口にできます。別作品の架空エピソードに付いたコメントなら、ネット上の比喩として読む余地があります。文脈が分からなければ、「その回は実際にあるのか、それとも創作を指しているのか」と尋ねると、疑問を具体的にできます。
自分で使うときは、架空の場面だと相手にも伝わるかを考えましょう。初めて作品を知る人へ本編の出来事と誤認させないよう、創作の感想であることを添える方法があります。元ネタと比喩を分けて読めば、「存在しない」という言葉と、もっともらしさを楽しむ感覚を一緒に理解できます。


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